英文中の All Caps (全大文字表記) の問題

日本では英文書式について正式に学ぶ機会があまりないためか、日本人クライアントと英語圏の翻訳者・編集者とのあいだで、書式をめぐっての問題が起こります。その中の一つが、All Caps、つまり、Tanaka を TANAKA というふうに、すべてを大文字にする表記法です。以下、All Capsを「全大文字表記」と呼ぶことにします。

全大文字表記に対する日英の感覚的差異
・日本 ⇨ 許容できる
・英語圏 ⇨ 強い拒絶反応

日本人にとっては、大文字・小文字の選択は、漢字表記にするかひらがな表記にするか程度の比較的ゆるやかな問題に思えるのかもしれません。しかし英語の世界では、大文字・小文字の使用については厳密なルールがあって、それが破られると読者は強い違和感を感じます。

英文テクストにおいて「全大文字表記」が用いられる場合とその根拠

英文テクスト(つまり、英語の文章の中)で、ある言葉がすべて大文字で表記されるのは、基本的には次の三つの場合です。

① 頭文字だけを取った略語(例:MIT; BBC等)
② 慣例的に使われてきた表記(例:公文書、法的契約文書)
③「叫ぶ」ニュアンスを出したい場合

①は説明の必要はないでしょう。もともと Massachusetts Institute of Technologyや British Broadcasting Corporation という名称の頭文字(大文字)だけ寄せ集めたものですから、全部大文字にする合理性があります。もっとも、TV(television) や DNA (deoxyribonucleic acid) のように、必ずしも大文字でない文字をピックアップしたものもありますが、長い言葉を、その節目の文字を選んで作った略語という点で、MIT や BBC に準ずると考えることができます。

②は、海外に行くとき、機内で配布される「入国カード」に、氏名などの情報を全部大文字で記入させられると思いますが、そういう場合のことです。これは、小文字表記を交えると文字がくずれて判読しにくい場合が出てくるのを防ぐための措置で、特殊な事例です。

①も②も、問題になることはまれです。問題なのは③で、英語では、全大文字表記にすると、往々にして「叫んでいる」言葉だということを示唆します。たとえば “Get out.” と “GET OUT.” では、英語圏の人間は受ける感じがはっきり違います。後者は大声で叫ばれた言葉だという印象を受けます。

したがって英語圏では、たとえばメールをすべて大文字で書くと、それは無礼な行為と見なされます。なぜなら読む側は怒鳴られているような感じを受けるからです。Twitterでわめき散らす際はよく全大文字で書かれます。たとえば、“THIS IS THE MOST INSANE RUBBISH”と書くと、激越な口吻が感じられます。このように英文テクストにおける全大文字表記は、書式自体に強いネガティヴなメッセージがこめられていて、おいそれと気軽に使えるものではないのです。英文の書式のバイブルといわれるChicago Manual of Style (CMOS)も全大文字表記に対しての厳重注意を掲載しています。

また特定の言葉だけ英文テクスト中で全大文字にしますと、非常に目立ちます。特にそれが頻繁に使われるととても目障りに感じられます。英語圏の人には、大文字と小文字がリズムをもって配置されているのが美的に感じられるのであって、大文字の羅列は、四角のブロックが並んでいるように映り、そもそも読みにくいことに加え、どういうわけか神経に触るのです。そのあたりの感覚が、日本人には少し分かりづらいのかもしれません。

○「全大文字表記」が使われる場合はきわめて限定的
○「全大文字表記」が嫌われる理由
・叫んでいる印象を与えるから
・読みにくく美的でないから

理由はともかく、日本で働いている英語圏の英文編集者・翻訳者が、いくら英語での常識を説明しても、全大文字表記を強く主張するクライアント現実に少なくありません。「ウチの会社名は全部大文字で書くのが正式な表記法になっているので、そうしてくださらないと困ります」と言われるのです。

全大文字の組織名・会社名

英文テクスト中での固有名詞の表記は、最初の文字だけ大文字にして後は小文字にする(例:Tanaka; Mississippi; Mt. Fuji)のが原則です。神ですらGodであり、GODとは決して書きません。

先に説明しましたように、acronym(頭字語)の固有名詞(例:MIT;BBC)は全て大文字にするのが普通です。これをMitとかBbcと表記したりするとかえって何のことだかわかりづらくなります。それでもUnesco とか Metiにする場合もあるくらい、全大文字表記に対する抵抗感は強いのです。(Chicago Manual of Style (§ 10.6)は、UNESCOやMETIのほうを推奨しています。)

たとえばASICSという会社名は、ラテン語のAnima Sana In Corpore Sano (a sound mind in a sound body) という文言に由来する名前なので、頭字語として考えることができ、英文テクスト中で全大文字表記にしても一応の理があります。しかしソニーやトヨタの場合、商標や看板における表記については、SONYやTOYOTAのように全大文字表記にしても一向にかまいませんが、頭字語ではありませんから、英文テクスト中に入るときには、全大文字表記にする必要性も根拠もありません。Sony、Toyotaと表記されます。

National Geographicという雑誌があります。表紙では、NATIONAL GEOGRAPHICと全大文字表記ですが、英文テクスト中では、自社の出版物の中でも“National Geographic assumes no responsibility for ….”のように、全大文字表記はしていません。Time誌は自社の出版物ではTIMEとしていますが、外部の出版物ではTimeという表記にされます。それに対しTIME社がクレームをつけるということはありませんし、万一つけたとしても、誰も取り合わないでしょう。

会社名・組織名の表記法
・ロゴとしては、SONYは可
・英文テクスト中では、Sony

日本の組織名で名前が長い場合、使われている漢字をいくつか選んで作られた略語——たとえば、「国際日本文化研究センター」を略して「日文研」、「国立歴史民俗博物館」を略して「歴博」——を用いることがありますが、これはacronymとは別ものなので、英文テクストの中でNICHIBUNKENとかREKIHAKUと全大文字表記をするとやはり違和感が生じます。Nichibunken、Rekihakuが自然です。

表記法の権限の所在

それぞれの会社は、自分で会社名やトレードマークの英文名を自由に決めることができます。またすべて大文字を用いる表記法も自由に決められます。さらに自社の出版物、HPにおいて、テクストの中で全大文字表記を使っても、読者がどう思うかは別として、誰にもそれを止める権限はありません。

会社名、トレードマーク名は全部大文字でも、頭文字だけ大文字でも、全部小文字でも、問題ありません。決定権はその会社側にあります。しかし名前が長い場合、英文テクストの中では、会社名の全大文字表記はとても醜いものです。

ジェンズ・ウイルキンソン

しかし外部の出版物においては、全大文字表記にするかしないかの決定権は出版側にあります。Sonyと書かれているのをSONYにするよう、ソニー社が強要することはできないのです。

日本語ではロゴがどうであるかが大きな意味を持ち、それが「正式英文名」へのこだわりとなっているという印象を受けますが、英語の世界では、ロゴは「デザイン」の領域の問題であり、「テクスト」の領域ではデザイン性というフォーマットは消去されて、たんなる音素に還元され、今度はテクストの表記法にしたがった文字表記に再フォーマットされるのです。

表記法の決定権の所在
・ロゴ ⇨ 当該組織側
・英文テクストの中 ⇨ 出版側

和英翻訳者、ライター、編集者にとって、会社名の正式な英文名が何であるかの確認は大事な仕事ですが、会社や組織自体に問い合わせると、正式には決まっていなかったり、決まっているのに担当者がよく知らなかったりというケースがよくあります。©マークの横に書かれてある英語を「正式英文名」と理解している人が多いようです。そしてそれがすべて大文字で表記されていたら、その表記に従わなければならないと考えるのではないでしょうか。(しかし皮肉なことに、そもそもその会社や組織が自らの英文名を決めるときに、はたして十分考慮して決めたのかどうか覚束ない印象を持つことがしばしばあります。)

苗字の全大文字表記

苗字の全大文字表記
・避けた方がよい

日本人の名前をローマ字で書くときに、田中一郎なら、Ichiro Tanakaと書いたり、Tanaka Ichiroと書いたりして、苗字がどれであるか分かりにくくなっています。そのためある学術機関や組織の出版では、TANAKA Ichiroのように、苗字に対し全大文字を使うことを決めています。しかし、日本からの英文発信(観光分野、美術館・博物館、学術、一般書籍)に長年携わってきた組織の主要なスタイル・ガイド(Japan Style Sheet, JTA Writing and Style Manual, Monumenta Nipponica Style SheetやNICH Style Manual for English Texts)では、苗字の全大文字表記は避けるべきだとしています。

国際会議での多くの国籍の参加者のリスト、ネームタグの作成においては、苗字を全部大文字で書くのは大変理にかなっています。しかしそれはテクストの中では通用しません。それでも、200頁ほどのおしゃれなグラビア写真を中心にした英文の本でも、苗字の全大文字スタイルにこだわるクライアントがいます。そこで、TANAKAやKOBAYASHIが何回も出てくる本文の見栄えの悪さを指摘しなければならなくなります。それらはやはり「叫んでいる」という印象を与える、趣味がよくない、英文テクストの中では不自然に見える、読者に不親切で、本の性格に合っていない、と。

スーザン・竹馬

おわりに

文章を書く場合は、読んでほしい相手がなるべくスムーズに読めるように、形式面のルールに則り、なるべく当該言語圏の読者の神経を逆なでしないスタイルを用いるのが賢明ではないでしょうか。あまりにも自分勝手な表記法は日本語の文章でも嫌われるように、英文においても嫌われます。翻訳者、編集者は、クライアントの好みを尊重しながら作業を進めるのは当然だとしても、英語の常識を逸脱するようなスタイルはどうしても受け入れられないものを感じるのです。この小文が、それがどういう抵抗感であるかを理解していただけるための一助になり、感覚のギャップが少しでも埋められれば幸いです。

文責:この記事は、レベッカ・ハーモンの“All Caps: A Practical Guide”を坂井基樹 他の協力により日本語版として編集したものです。英語版の記事は、2017年7月5日にSWETのメーリング・リスト(SWET-L)にリン・リッグスが提出した問題提起に対する以下の方々の回答に基づいています:ジェンズ・ウイルキンソン、 ジェレミー・ウィップル、スーザン・竹馬、 and デイビッド・ユニス(回答順)。

© 2022. Originally prepared for the SWET website, May 2022.